世田谷散歩

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NHKの大河ドラマ”龍馬伝”で最近急に幕末ブーム。

吉田松陰の名前は歴史の教科書でしか出てこなかったのに
近頃はときどき耳にするようになりました。

私の住んでいる世田谷には松陰先生を祀る松陰神社が
あるということで、散歩がてら出かけてみました。

鳥居から社殿まで、かなり距離があって想像してた以上に
立派です。雰囲気も落ち着いていて悪くありません。
鳥居は中央を神様が通るので、神様に失礼にならないよう
端を通るのが正しい方法。


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次に手水舎で手と口をゆすぎ、禊を行います。
奥に鎮座ましますのが松陰先生ですね。


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社殿に着いたら、まずお賽銭。
みんな結構派手に投げ入れるけれど、正式には静かに入れる
のだそう。遠くから投げるなんてもっての外らしい。

で、次に鈴を鳴らします。
鈴を鳴らした後に賽銭を入れると説明する人もいるようですが、
私的には、まずお賽銭ではないかしら、と思うのですが。


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それから拝礼を行います。二拝二拍手一拝。
拝は深い礼が神様に対する礼儀だそうで。
お願い事をするときは、どこの何がしであると名乗るのだとか。
あまりに沢山の人がお願い事をするので
神様もいちいち顔を覚えていられません。

人に物をお願いする場合、自分が誰なのか明かすのは
当たり前のことですから、神様にもまず、きちんと自己紹介
しないと、願いごとなど聴いてもらえるはずがありません。

私など、番地まで言ってしまいます・・・・・・(笑)

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社殿の脇には、萩で松陰先生が弟子に講義をした松下村塾を
そっくりに摸した建物がありました。
写真が暗くて、全体をご紹介できないのが残念ですが、
8畳の講義所の後ろに4畳半ひと間、3畳がふた間ありました。

幕末に萩の松下村塾で学んだ志士は、高杉晋作、伊藤博文、
山縣有朋、品川弥二朗、他、錚々たる面々。

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「松下村塾の教育」について書かれたものも。
随分難しく書かれているので、すぐには意味が
つかめませんでしたが、興味のある方は、このページを
ズームアップして、しかとお読みくださいませ。

松陰先生は実に気骨のある方で、信念を貫き通したために
断罪されてしまったのです。
龍馬さんとはまるで違うタイプ。教育者なんですね。
境内には松陰先生の墓所もあります。

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縁台で本を読む女性。
静かなので、読書に集中できそうです。
こういう一日の過ごし方もいいですね。

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神社をでて、通りを歩いていたら子供用のお神輿が。
秋祭りのシーズンなんですね。
担いでいるところに出くわしたかったのですが、
それは神様にお願いしなかったので叶いませんでした。
残念!





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この記事へのコメント

グリム伊藤公雄
2010年09月14日 21:44
『一喝!吉田松陰の言霊』を読みました。

「男性は男らしくすべきだ」と主張しており、女性には男性に対して尻を叩くこと、「もっと男らしくしなさい!」、「それでも男か!」と叱ることを奨励しているようです。

男は女に脅されて男らしくさせようとたくらんでるみたいですね。こんなの幸福どころか恐怖としか言いようがなくて、こんな世の中には絶対なってほしくないと思いました。

男はこうすべき、女はこうすべきと、個々人の自由な思想信条を否定する、まるでファシズムです。

私はもともと吉田松陰のことが嫌いでした。なぜなら松陰と彼の弟子たちによって「僕」「君」といった男性に特化した呼称が広まったからです。「僕」とはしもべ、奴隷を意味します。松陰の言霊は、男は女の「幸福」を守るためのしもべになれと言っているかのように思えます。名前につける敬称の「君(くん)」は同輩や目下の人に対する場合に限って用いられ、「さん」は年長者を含め広く一般的に用いられますが、女子に「さん」、男子に「君」と男女を区別するための使用されるというのは、どうも頂けません。これは男性には上下関係の厳しい環境に耐えることを要求してるのに対し、女性は上下関係をあまり意識せず自由でいいということを暗示しているかにも思えます。

『吉田松陰の言霊』を読んで、松陰のことがますます嫌いになりました。
2010年09月20日 15:37
基本的に幕府寄りですが、吉田松陰と高杉晋作には興味があります。
松蔭の墓所、神社なんですね。
神社にお墓、珍しい気がします。

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